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【改】33歳 酒好き女の妊娠出産・育児記

「酒好き女の妊娠記」改、「妊娠出産・育児記」として書いていきます。

【母乳ウォーズ 乳腺炎との戦い】 体験談編 その② おっぱいの反乱

次の日、父親に仕事を休んでもらい、出産をした産婦人科へと向かった。

熱は朝まで下がることがなく、意識は朦朧。

しかしそれよりも割れるように頭が痛く、座っていることも横になっていることも辛くて仕方なかった。

 

病院に着くと、出産で入院をしていた部屋へと通される。

そこへタオルを数枚持った看護師さんがやってきた。

「あらぁ。退院したばっかりなのに…辛かったね。入院中は大丈夫だったのよね?」

さくさくと服を脱がし、おっぱいをぐりぐりと揉む。

そのマッサージがどうにも痛い。

力一杯揉みしだかれる感じ。

しかしそれにもまして頭のほうが痛かったので、これで苦痛から開放される、と思うと力任せにも思えるマッサージにもどうにか耐えることができた。

 

投げかけられる質問に、わたしは苦痛で顔を歪めながらどうにかこうにか答えていった。

「入院中は大丈夫だったのですが…昨日の夜に急におかしくなって」

「昨日食べたものを全部教えてみて」

「お昼にいくら丼を食べました。その後ゼリーをひとつ。夜は鶏肉を塩コショウでソテーしたものに野菜スープです」

「んー…熱は何時頃から?」

「たしか22時くらいだと思うのですが」

「そうか。そうしたら…あまり聞かないけど原因はいくらかな」

「いくら…ですか」

昨日食べた、つやつやと輝く宝石のようないくらが脳裏に浮かぶ。美味しかった。あれは美味しかった。しかしあいつのせいで今こんなに苦しいのだとしたら…。大好物だったいくらが嫌いになりそうだ。

「血がどろどろになるものは全部だめよ。例えばひき肉ね。麻婆豆腐や餃子を食べてつまらせちゃう人もいるし。あと豚肉もだめ。甘いものももちろんだめ」

「え…じゃあ食べていいものは…」

「野菜ね。特に根菜。肉なら鶏の胸肉ね。お魚は白身。主食はご飯。パンは詰まることがあるから避けたほうが無難かもね」

ごりごりと揉まれることで、乳首からは母乳が糸のように吹き出している。

ときどき自分の顔に飛んでくるそれを手で拭いながら、徹底した食制限をすることに決めた。

 

病院では葛根湯、抗生剤、解熱剤を処方された。

葛根湯が乳腺炎に効くというのは驚きだ。やるな葛根湯。

帰宅し、母親に食事制限の件を伝える。

「でもそれじゃあ母乳出ないんじゃないの?パワーでないでしょ」

むかしはおっぱいの出をよくするためにとにかく餅を食べたという。しかしググると餅は乳腺炎を予防するために最も避けるべき食材のひとつだった。

「いや。本当もうこんなしんどい思いをするくらいなら…水だけで生きていきたいくらいだから」

 

その日の夕食は野菜の煮物に白身魚のムニエル。きゅうりの酢の物

がっつりコッテリが大好きなのだが、到底そんなものは身体が欲することはなく目の前の献立に満足しながら箸をすすめた。

「お母さん。これマヨネーズついているけど大丈夫かな」

ムニエルに少しだけ添えられたマヨネーズ。なんとなくだがカロリーが高く、血液が淀むような気がする。

「それくらい大丈夫でしょう。そんなん言ってたらなんにも食べるものなくなっちゃうよ」

「…そうだよね。大丈夫だよね」

 

その夜シャワーを浴びるために裸になると、右の乳房の下半分が赤く熱を持っていることに気がついた。

(今日たくさん揉んだからかな)

さして気にもとめず、シャワーを終えその日も早々に布団に潜り込んだ。

 

 

数時間後、足元から這い上がってくるような寒気で目を覚ました。

その日も熱帯夜だというのに、肩までしっかりと布団をかけているというのに、寒気で身体がガタガタと震える。

(まただー…)

絶望感がじわじわと身体の中に広がっていく。

抗生剤も解熱材も飲んでいるのに。

またもや39度の高熱が出てしまった。朦朧とした意識の中でどうにかミミへの授乳やオムツ換えをこなす。

朝日がのぼり、皆が起きてくると安堵感から泣いてしまった。

 

しばらく様子を見れば落ち着くかもしれない。

その日一日家で安静にしていたが、一向に熱は下がらず頭痛も治まらない。

あのマヨネーズがトリガーになったんじゃないか

白身魚に脂がのりすぎていたのではないか

口にするもの全てが怖くなり、白米ばかりを食べていた。

 

次の日、ふらふらの状態で病院にいくと先日と同じ看護師さんが看てくれた。

「食事にも気をつけていたんでしょう。お薬も飲んでいるのにおかしいわね…」

首をひねりながら服を脱がし、わたしの右胸をみるとハッとしたように息をのんだ。

「え…なにこれ。どうしたの?」

わたしの右乳房は赤黒く変色してしまっていた。そしてガチガチに張っているにも関わらず、いくらマッサージをしても一滴も母乳がでなくなっていた。

「ちょっとわたしこんな状態みたことないわ。念のため写真を撮らせてもらってもいいかしら。明日わたしの先輩でもっと母乳に詳しい人が来るから。明日また来てもらえる?」

実質お手上げ宣言だった。

家から病院までは車で40分。なかなかの距離だ。

そしてこの辛い状況を明日まで我慢しなければいけないということ、そして明日になっても状況が改善するかどうかわからない、という事実で目の前が真っ暗になった。

「おっぱいに出る産褥期の病気もあるから…ひょっとしたら明日みてダメなら乳腺外科にまわってもらうこともありえるかもしれない」

看護師さんの一言がずしりとのしかかった。

 

⇒つづく