【改】33歳 酒好き女の妊娠出産・育児記

「酒好き女の妊娠記」改、「妊娠出産・育児記」として書いていきます。

食事改善 一週間でマイナス4キロ減

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境界型糖尿病と診断されてから一週間。

自分なりに食事を改善してみた。

 

ご飯にはもち麦を混ぜて、量は少なめに。

白砂糖はラカントへと変更。

あとは食べ方の変更。

 

まずは野菜をがっつり。そのあと身体を温め代謝を上げるために汁物を。

そしてたんぱく質をとって、最後に炭水化物を少し(夜は炭水化物を抜くこともしばしば)

食後2時間血糖値を測定して、何をどのくらい食べたら血糖値が上がるのかをチェックしてみた。

こうやって書いていくとなんだかめんどくさそうに思えるが、実際負担に感じることはあまりなかった。

飽きっぽいわたしが1週間続いたのはインスタのおかげ。

毎食の写真と血糖値写真。これらを測定後にアップしていく。

正直この作業をしなかったら「血糖値あがるなら食べなくてもいいや」ってなってしまっていたと思う。

レコーディング血糖値コントロールなかなかよいね。

(ちなみにアカウントkanakona1128で更新中)

 

血糖値が100を切ると空腹を感じるのも発見。

炭水化物を抜くと血糖値はすんなりと下がってくれる。

下がりにくかった血糖値、30分のヨガをやるようになってから下がりやすくなった気がする⇒毎日出来る限りヨガを一本実施

 

あれやこれや試して早一週間。

今日体重を計るとマイナス4キロだった!!

びっくり二度見。

出産前からはマイナス12キロ。

授乳中ということもあって食事改善が一気に目に見えて体重に出た感じなのかな。

 

今の試行錯誤を一時的なもので終わらせないよう、これが通常の食生活になるようにがんばっていこうと思う!

 

妊娠糖尿病からの境界型糖尿病…泣

タイトルの通りです。

残念ながら境界型糖尿病と診断されてしまいました。。。

 

検査をしたのは出産から2カ月ほどしてから。妊娠糖尿病は出産したら大抵は治ると聞いていたので、油断して好きなようにいろんなものを食べて飲んで。

 

(もう糖尿病リスクもないのに、わざわざ病院いって検査とかめんどくさいなぁ。車で1時間かけていかなきゃいけないし。みーみも連れていかなきゃいけないし)

 

よっぽど行かないでおこうかと思ったが、やはり念のため行っておくかということで車を運転し病院へ。

久々の糖負荷テスト。まさか5回も血を抜かれるとは思わなかった…途中授乳時間とかぶってしまい、みーみに授乳しながらの採血(笑)

「このパターンは初めてだわぁ」と看護師さんたち。あっちからこっちから血を出して、血の大放出だ(母乳ももともとは血だしね)。

そして採尿は3回。「いや、もう出ませんってばー」といいつつも、なんとか絞り出せました。身体中からたくさんのものを出して帰宅。

 

 

そして検査結果を聞きに行く日。

なんとなく前日から体調がおかしなぁと思いつつ車を飛ばし病院へ。

しかし途中から本格的に体調がおかしくなる。身体がギシギシするというか、なんというか…。

それでもなんとか病院につくと、身体中が悪寒でぶるぶる震えだしてしまった。

「すみません、ちょっと体調おかしいんですが…」

あまりにも真っ青な顔をしていたのだろう。すぐに看護師さんが来てくれてベットに寝かしてくれた。

「赤ちゃんちょっと抱っこしていてもいい?」

そういってみーみも抱っこして連れて行ってくれて、ガタガタ震えるわたしを毛布でぐるぐるに巻いてくれた。

熱を測ると39.5度!!!

 

ああああああ。しくったー…来なきゃよかったー…

これどうやって帰るんだー

ってかなんで熱出てるんだー?!

ああああ、身体痛いつらい

 

毛布をかぶってガタガタふるえているわたしを看護師さんたちが、代わる代わる見に来てくれた。みーみも外で「かわいい、かわいい」っていってもらい可愛がってもらっている声が聞こえる。

 

ここ糖尿病専門のクリニックなのに、急に発熱して訪れてすみません。

そして仕事中なのに赤ちゃん任せてしまってごめんなさい!!

 

本当にやさしい病院で。ベットで横になっているところに先生が来て説明してくれた。

「大丈夫ですか??」

「はい。本当申し訳ないです」

「いやいや、大丈夫ですよ。身体だいじにしてくださいね。熱つらいですよね」

「ありがとうございます(なんてやさしいんだ泣)」

「それで検査結果なんですけどね、境界型糖尿病でした(以下検査結果数値について説明してくれる)」

「はあ、そうなんですね」

「いままで通り食事制限とあと運動してくださいね」

「あ、はい。わかりました」

熱で朦朧としていて、その時は(あー糖尿病ね)くらいにしか思っていなくて。

とりあえず今このつらい高熱どうしよう、帰りどうしよう、そろそろ授乳だなのほうが重要だった。

 

どうにかこうにか帰宅して、熱もさがって。そして改めて境界型糖尿病と言われた事実がじわじわと現実味を帯びてきて。急に居ても立っても居られない恐怖に襲われた。

 

あれ?境界型だから糖尿病ではまだないけれど、一歩手前ってことで。

食事制限ってひょっとして一生続けてなきゃいけないこと?!

あれ?大好きなお酒は?わたしのライフワークのお酒は?!

 

困った時のグーグル。

いまさらながらわきあがってくる数々の疑問を検索しまくる。

そこに出てくるのは怖い内容ばかり。

 

わたし身内に糖尿病患者一人もいないのに。

なぜ?どうして?

食べること、飲むことが人一倍大好きで、それを仕事にもしていて、今後こんなことやっていきたいって思っていろいろ考えていたのに。

なぜ?どうして?

絶望がじわじわと全身を包んでいく。

 

助けてくれたのは大学時代からの友人2人だった。

いつだってなにか困ったことがあれば親身になって相談に乗ってくれる彼女たち。

「境界型糖尿病だった」のラインに対し、自分のことのようにものすごくたくさん調べてくれた。それもすぐに。彼女たちだって子育てで忙しいのにも関わらず。

 

薄暗い部屋でソファーに横になりながら、検索をやめて彼女たちが埋めてくれるラインの画面を見ていると、どんどん気持ちが楽になってくのがわかった。

言葉のひとつひとつがすうっと身体の中に沁み入ってくるような。

 

そして決めたこと。

 

冬は野菜がおいしい時期だから!無理せず野菜ファーストで食事を楽しむ

甘いものはまぁ仕方ない。やめておこう

そんな感じでゆるゆると断乳まで食事制限をがんばってみて、そして再度検査を受けてみようと思う。

頑張りすぎて鬱になってしまったという経験談をいくつか目にした。鬱経験者としてはもう二度とは足を踏み入れたくない領域だ。

だから。

まずは出来ることから気をつけていこうと思う。

ひょっとしたら産後の影響がまだ残っていて、断乳するころにはすっかり治ってしまっていることだってあるかもしれないんだから。

 

そして早めに気付けてよかった。そういう体質なのだからもう仕方がない。

 

きっと境界型糖尿病になったことで見える、発信できることも出てくるはずだ。

糖質制限おつまみレシピとか酒好きのための高血糖対策とかね(笑)

 

前向きに。ゆるかやに。

まずは受け入れるところから始めていこうと思う。

常に崩壊する育児オペレーション

最近「オペレーション」という言葉をよく口にしている。

 

飲食の店長時代には毎日100回は口にしていたであろうこの言葉。

ホールがまわらなくなるのも、クレームが出るのも、全てオペレーションに問題があるから。

わたしはオペレーションをまわす、という行為が大好きだった。いやむしろ快感を感じていたといっても過言ではない。

 

スタンバイは少ない人数でも太刀打ちできるよう、完璧に

ワンウェイ、ツージョブを徹底し、無駄のない動きを

動線を考えて物を配置

全体の人員の動き方を俯瞰し、的確な指示出しを

 

とにかくオペレーションさえしっかり構築してしまえば、不測の事態は怖くなかった。

 

…が。

 

なぜ育児にはこんなにも通用しないのかと!!

 

割と多いワンオペシチュエーション。

しかし慌てないよう、スムーズにいくように準備をするのだが…

二人のチビモンスターの前ではまったく歯がたたない

 

仮にもカリスマ店長と呼ばれていた、わたしのオペレーションが通用しないだと…!!!

 

うん。

最近はもうすっかり諦めました。

育児難しい!!

ワンオペ無理だから!

【悲報】新生児みーみ RSウイルス感染

いちが感染し、実家隔離してから4日目。

 

ネムリラに揺られるみーみの鼻に光るものあり。

 

鼻水?!いや鼻水なわけない。

RSなんかに感染しているわけがない

 

夕飯を作っていると「こん こん」と乾いた音が。

 

咳?!いや咳なわけがない。

RSなんかに感染しているわけがない

 

RS感染説を必死で否定しようとするものの、徐々に増していく風邪症状。

過去下の子が2カ月で感染した会社の友人にラインで情報を求めた。

「咳が出始めて、すぐに熱がでて。病院にかかったらそのまま入院だった」

グーグルで検索しても「3か月未満=入院」という記述が多く、目の前が真っ暗になった。まじかよー。まじかよー。

いちが鼻水を腕でぬぐう姿、ごほごほと咳をしながらみーみの頭をなでていた姿が思い出される。

すぐに2人を離したけれどやはり感染してしまったか。。。

とりあえず入院準備だけして様子をみることにした。

 

鼻水が出だしてから3日目。いまだ熱は出ず。このあと悪くなるのか、熱が出るタイミングっていつなのかわからずにひたすらネット検索をし続ける。

咳は徐々に深くなり、鼻がつまってじゅるじゅると音がする。鼻すいで吸うとずるずると鼻水が吸えた。2歳のいちは鼻を吸われるのを全力で逃げ回るので、こんなにも簡単に吸えることに変な感動を覚えた。

 

4日目。心配だったので、みーみが生れた市立病院にかかった。念のため入院セットを持っていく。少し遠いがNICUでお世話になった先生に診てもらえるのは心強い。

 

検査をするとRS陽性。

うん、だろうね。新生児風邪ひかないもんね。うすうすわかってはいたが診断されると、なぜか安心した。

 

しかし心音は綺麗で、喉もそんなにひどくない。

発症した日を考えるとピークはこの数日で、このまま熱が出ずに終わることも考えられる、とのことだった。

 

「入院しなくて大丈夫でしょう」

 

よかったーーーー!!!

なんだよ、RS=入院じゃないんじゃん!

治ったわけでもないのに、晴れ晴れとした気分になる。

 

「あとは彼女の免疫にがんばってもらいましょう」

ということで。

わたしにできることは免疫力の高そうなおっぱいを出すことにあり!

栄養価の高そうなものをたくさん食べ、免疫力を母乳に集めるイメージをし、みーみの体内に免疫隊を送るつもりで授乳をした。

 

「援軍だー!援軍がきたぞーーー!」

みーみ免疫対RSウイルスが戦っている戦場。兵は3万対3万 勝負は互角。

そこにおっぱい免疫部隊が崖を一気に駆け下りてくる。

ががががががが

その数5万。それも怪我ひとつしていない、勢いのいい戦士たちだ。

みーみ免疫の目には光が宿り、ウイルス部隊は圧倒的不利を察する。

「…勝てる。この戦い勝てるぞ!!!」

 

なんて妄想をしながら授乳をする。

いまね、ちょうどキングダムにはまっているから。

まさにあんなイメージで授乳という援軍を体内に送りまくっている。

 

本日6日目。咳もほぼ止まり、鼻水も止まりかけている!

かちどきを上げる日も近い!

里帰りから戻った途端のRSウイルス

里帰りから自宅に帰ってきたその日の夜。

兄(以下いち)が39度の熱を出した。ゴホゴホと痰が絡んだような咳。鼻水もずるずる。数日前から咳をしていたが、ここにきて一気に悪化したような感じだった。

実家に帰っていた間、いちはばあばにべったり。この2カ月くらい一緒に眠っていなかったので(この寂しくもフリーダムリゾート期間についてはまた書くとする)、旦那とっしょに2人の寝かしつけをどのようにするかいろいろと話していた。

一人目のときと違い、いまいち積極的に育児に絡んでこない旦那(仕事が忙しかったのももちろんあるのだが)。

「家に帰ってからはサブじゃないからね!ヘルプのつもりでいないで、あくまでも自分も主であることを意識してよね!」と何度も念をおしていた。

 

夜いちを寝かしつけている間、妹(以下みーみ)はネムリラで旦那とリビングにいた。みーみは割かしよく眠る子だ。泣くのはおなかがすいた時くらい(しかしかなりの食いしん坊で、空腹時のぎゃん泣きには目を見張るものがある)。

リビングで旦那がアイロンがけをしたりしていたため、しばらく一緒にいたのだ。

おっぱいの時間、みーみが泣いたので眠っているいちを置いてリビングで授乳。体調不良だったいちは眠りが浅かったらしく、物音で起きて泣く。

授乳を終え、寝室に戻り一緒に眠ったのだが、次の授乳もリビングで行い、その最中にいちが目を覚ましたため、いちの中では「母いない⇒リビングで赤ちゃんといる⇒自分もリビングで眠りたい」となってしまい、泣きながらリビングから動かなくなってしまった。

仕方なく布団をひっぱってきて、いちとわたしはリビングで、旦那とみーみは寝室で眠ることになった。

 

翌日。いちの熱はさらにあがった。食欲もなく、咳もひどい。風邪のときに出現する「荒ぶる神、いち」になってしまった。

結果としては…RSウイルスでした。

RSウイルス、新生児がかかったらやばいやつ!母からもらって生まれてきた免疫も、母乳の免疫もぶち破って侵入してくるRSウイルス。

そしてかかったら入院になることが多いらしい。

ググればググるほど焦る焦る。

 

そして、いちはまた一人実家へとお泊まりすることになったのでした…

ごめんね、いち。

 

それにしても。

新生児との生活ってこんなにも穏やかだっけ、というくらいに静かで平和。

いちを出産したとき、とある友人から「いまは全然大変じゃないから!2歳とかになったらもっと大変だからね」といわれカチンときたことがある。

その時は毎日必死でいっぱいいっぱいだったから。

ママレベルは赤ちゃんの成長とともにあがっていく。新生児育児が大変じゃないといっても、自分のレベルが低いのだから苦しいのは当たり前だ。

子育てはいつだって「いま」が一番大変なのだと思っている。

しかしある程度レベルが上がって、新生児クエストにチャレンジしてみるとたしかに楽だ(もちろん子供によるが)。経験から生み出される余裕って本当に大事なのだよな。

ということで、数日間の延長バケーションを満喫中。

しかし気がつくとスマホにはいっているいちの写真を見ていたりする。

早く元気になって帰ってこいよ。

2人目のおっぱい事情 乳腺炎対策

一人目、母乳でひどくつらい思いをしたため、出産前から母乳についてはかなりびびっていた(退院後すぐの胸切開にはじまり、断乳まで定期的に乳腺炎に悩まされる)。

 

37週で一度乳腺をひらいておくとスムーズだ、と聞いたため帝王切開前日に小沼さん(地元のゴットハンドと名高い母乳マッサージ)を予約。

一人目のときにお世話になった漢方屋さんにも電話をし、都内から乳腺炎対策の漢方を取り寄せておいた。

しかし予想外に早い帝王切開になってしまったため、乳腺を開く間もなく入院になってしまった。

出産して子はNICUへと入院。授乳できるのはなんと1日2回だけ・・・もう乳腺炎になるフラグがたちまくっていた。

救急搬送された病院では助産師さんが多く、毎朝検温や子宮の戻りをみるついでにおっぱいのチェックもしてくれるのだが、産後3日目あたりで看護師さんがつまんだ乳首から母乳がにじんだのをみて愕然とした。

 

なぜ・・・

なぜそっとしておいてくれないのか・・・

ついに眠れる獅子を起こしてしまった・・・

 

本来母乳が出たら喜ぶところなのだろうが、本当に恐怖しか感じなかった。

一人目のときの経験が、自分が想像していた以上にトラウマになっていたことに気付いた瞬間だった。

それからは来る看護師さん、来る看護師さんすべてに過去自分がどれだけ乳腺炎に悩まされてきたか、どれだけ乳腺が詰まりやすいかをアピールし続けていた。

カルテにはおそらく「乳腺炎の人」と書かれ、引き継ぎでは「あのおっぱいの人」と言われていたに違いない。

しかし毎回言い続けた甲斐もあり、多くの看護師さんがわたしのおっぱいを気にしてくれるようになり、定期的にチェックや搾乳をしてくれるようになった。

 

やはりアピールはしておくものだ。

 

「なんだか痛いんですけど…」そういって一日一回は助産師さんによる母乳マッサージをしてもらっていた。簡易的なものとはいえ、病院外で母乳マッサージに行けば1回4,000円かかるのだからかなりラッキーだった。授乳は思うようにできなかったけれど、乳腺炎にならずに状態をよく保つことができたのは本当に助産師さんたちのおかげだ。

 

この病院でわたしは初めて「手絞り」というものをできるようになった。

いままでは乳腺を傷つけたらどうしよう、という恐怖で自分の手で絞るなんてことはできなかったが、NICUに母乳を届けるために教えてもらうためにおそるおそる始めた。自動の搾乳機も持っていたのだが、乳腺が開ききっていないうちに使用をすると乳腺を傷つけることがあると聞いてやめた。

考えてみれば、一人目のときあそこまで乳腺炎がこじれてしまったのは手動の搾乳機のせいだった気がする。乳腺が開いていない状態で毎日これでもか、というくらいシュコシュコ搾乳し続けていたのだ。

そう思うと手動も自動も搾乳機は怖くなって使用できなくなってしまった。

 

最初のころ、手でいくら絞っても絞っても母乳は思うように出なかった。

手の平にはじっとりと汗をかき、胸の下からは汗が流れる。下を向きすぎて首はガチガチに凝り固まっていた。

しかし教えてもらいながら毎日やっていくうちに、なんとなくコツがわかってきた。

・親指と人差し指(中指)は対角線上に

・中に押し込み、つまむようにする

・張っている、痛い個所があればそこを軽く押すようにして絞る

・押すのは乳輪。それより外側を押すと乳腺を傷つける可能性あり

 

入院中に手絞りができるようになったことで、今も少し詰まったり、飲み残したなと思った時には自分でスムーズに出せるようなった。

ぴゅうぴゅうと飛ぶ母乳を見ると本当に気持ちが楽になるものだ。

 

あとアドバイスをもらって実践したことは「乳帯」をつけるということ。

くるくると丸めたタオルで胸をあげ、乳帯を胸の下の部分でぎゅっと結ぶ。

これで胸の重さで乳腺が圧迫されるのを防ぐことができるのだ。

いままでは自重で何度か乳腺炎を起こしていたが、これをつけてからは今のところ調子がいい。

 

without 乳腺炎で母乳育児ができることの幸せよ…

こんなにも新生児育児が楽しいなんて!

 

いまのところおっぱいは順調。このままどうかスムーズに日々を過ごせますように。

出産3日目 NICU3日目

腰に弱い痛みを感じて病院に電話したのは、5日の21時すぎ。

生理痛の軽いような、少しお腹を下す前兆のような、本当そのレベルの微々たるやつ。

念のために病院に行くことになり、夜道車を走らせた。エコーや内診しても異常はなく、NSTもとくに問題なし。

日曜の夜遅くなのに駆けつけてくれた副院長と看護師さん皆で「なんでだろうねぇ?」と首を捻っていた。

そのとき少しだけお腹がギュウッと張った動きをした。

「んー…やはりお腹は張っていますね。いろんな条件から考えても今から搬送して大きい病院で出しましょうか」

 

…え。まじか。

 

この病院で産みたいがために(美味しいごはんと優しい看護師さんたち)、血糖値コントロールがんばってきたのに。

 

36週

子があまり育っていない

妊娠糖尿病

いまの病院が個人病院であり、赤ちゃんに何かあっても対応できない

謎の弱い痛み(NSTでは後部の痛みの原因をキャッチできない)

 

いろんな要因があっての先生の判断。あれよあれよと救急車が到着し、そのまま市立病院へと運ばれた。

救急車には先生が同乗。

「初めての病院だと緊張するでしょう?僕が一緒にいき、手術サポートにも入ります」

…まじか。めっちゃありがとうございます。そして日曜のこんな時間にすみません…

救急車の中で熱を測ると37.8度あった。自覚症状なしで、熱があったらしい。

これと痛みの関係はいまだ不明。

 

大きな病院の対応能力は素晴らしかった。先生もスタッフも強そう。頼もしい。どんどんと作業は進み、6日0時すぎ娘が誕生した。

2238グラム やはりちょっと小さめちゃんだった。

でも小さいが元気に泣いてた。

 

妊娠糖尿病により、胎盤機能が落ちてた可能性があるらしい。ミミのときも同様。気づかなかっただけで妊娠糖尿病だったのかもしれない。

 

娘はNICUに入院することになった。

 

出産から2日間は、とにかく自分の身体を立て直すことで精一杯。しっかりした治療のおかげで、3日目にはかなり回復をした。それがいま。

 

したら急に悲しい波がやってきた。

産後ホルモンのせいもあるのは、頭ではわかってるんだけどね。

 

もうちょいお腹に居させてあげれたら

 

あの痛み、本当に騒ぎ立てるほどのものだった?わたしが我慢してれば…

 

そもそもわたしがもっと気をつけて、妊娠糖尿病にならなかったら

 

タラレバが止まらなくなって。

娘は元気にNICUでがんばっているのに、わたしの傷もどんどん回復しているのに。悲しくて。

 

他の人が赤ちゃんにおっぱいをあげているのがうらやましくて、涙が出てくる。

搾乳して届ければいいのだが、前回のトラウマがあり、下手に胸を触って胸にやる気を出させるのが怖くて。

 

看護師さんのマッサージ指導で、母乳がポタポタ出てきたときには、恐怖しか感じなかった。こんなにも前回の授乳がトラウマ的なものなっているとは…泣

 

桶谷では搾乳はあまり推奨されない。基本は吸わせろだ。

吸わせられないのに、たくさん作られたら…また乳腺炎になったら

 

低体重の子を出産したら、その子用の母乳がでる。だから飲ませたい、でも搾ってもし胸をこじられたら…

 

乳腺炎の恐怖がべったりと頭の中にあって、娘への罪悪感がそこにミックスされていって。

 

みんな元気なのに。モヤモヤが止まらなくなる。

 

どこかに吐き出したくて書いてみた。

あー外が明るくなってきた。

よかった。今日も1日がはじまる