【母乳ウォーズ 乳腺炎との戦い】 体験談編 その④ おっぱいを切り倒す
乳腺外科にて診察を待つあいだ、先にエコーをとることになった。
ガウンのような検査着に着替える。
ビクビクしながら検査ベッドに上がると、化粧の濃い、怖そうなおばさん看護師がわたしのそばにやってきた。
「はいー先にエコーとっちゃいますからねー」
サクサクと検査着の前を開け、エコーをあてていく。
「あら。真っ赤になっちゃって。痛いでしょう」
エコーを乳房に押し当てられる度、ぞわっとした嫌な感じが背筋を走る。
「はい、じゃあまた後で診察しますので。一度ロビーに戻ってください」
しばらくして診察室に呼ばれる。
先生は小柄な、でも身体の引き締まったダンディーなおじさん先生だった。
「早速診てみましょう」
エコーをチェックした後に診察台にのぼり、胸を診る。
「あぁ…これは残念だけど切らなきゃだめだ。右の乳腺が詰まっちゃってるからね」
「…そうですか。あの…痛いんですよね…」
先生はぐるっと大きな目を回していたずらっこのようにいう。
「痛いね!でも麻酔の注射が痛いだけ。でも出産よりは痛くないよ」
「…出産、帝王切開だったんですけど…」
「あ〜…じゃあこっちのほうが痛いな」
帝王切開でものすごくしんどかったんですけど!!
それより痛いって!無理無理無理無理
帝王切開はその先にかわいい赤ちゃんに会える、っていうものすごいモチベーションがあったからなんとか耐えられたけれども、胸を切開したところで出てくるのは膿じゃん。
いやだいやだいやだ
一瞬にして恐怖で逃げ出したい気持ちが溢れ出す。
「切開するための場所をチェックするためにエコーを再度とります。また呼ぶのでしばらくお待ちください」
再びロビーで待機をする。
先ほど読んだネットの記事がぐるぐると頭の中を巡り、恐怖で泣きそうだった。
その日は健康診断の結果報告らしく、ロビーにはたくさんのおじいさんおばあさんがたむろしている。
「○○って病院がいいらしいわよ。最近足が痛くってね」
「この間肺炎になりかけちゃってね」
目の前のベンチでは老女二人が「不健康自慢」を繰り広げている。
しかし絶対この病院の中において、今一番重症なのは自分だ。
胸の痛みに涙ぐんでいると、ふと検査着がぐっしょりと濡れていることに気づいた。
知らぬ間に母乳が溢れ出てしまっていたのだ。
なんだかもう全てが嫌になり、ぐったりと壁にもたれかかったとき名前を呼ばれた。
「小林さーん、再度エコーとりますので」
先ほどの怖い看護師さんに連れられベッドに横たわる。
エコーをチェックしているとそこに先生がやってきた。
「あぁ…詰まっているのはここか」
そう言いう声に混じり、金属の台が運ばれてくる音、ガサガサと袋を開ける音が聞こえる。
「ちょ…ひょっとしてここできるんですか?!」
「そうだよ」
だってここはエコーをとる台で…
手術ってもっと抗菌されたような専門の部屋で、手術着来て「メス!」とかやるんじゃないの?!
心の準備が出来ておらずパニクる。
するとさっきの怖そうな看護師のおばさんにガシっと手を掴まれた。
「大丈夫。怖かったらずっと手を握っていてあげるから」
涙混じりに見上げると、怖そうに見せていたフチの濃いアイラインメイクが妙に頼もしげに見えた。
「じゃあいくよ」
ずぶっ
右胸に注射針が突き刺さる。
ビクッと身体が反り返るのを感じ、看護師さんの手を強く握り締めた。
「じゃあ切開します」
ずぶっ
再度鈍い痛みを胸に感じる
場所をずらし、もうひと刺しした時(見ていないのでイメージでしかないが)激痛が走った。
「いたたたたたいたーい!!」
「麻酔足して!」
痛みが走った場所に再度注射針が刺さる。
なんだよ!麻酔の場所ずれていたの?足りなかったの?
目からはぼろぼろと涙がこぼれる。痛さというよりも精神的苦痛のほうが大きかった。腕を切られるのであれば、まだ耐えられる。
胸を切るということは精神的にダメージを受ける、ということをこの時初めて知った。
看護師さんの手にしがみつきながら、必死で目をつぶり、身体を固くして耐えた。
「はい、おつかれさま。終わったよ」
恐る恐る目をあけてみると、右胸には大きなガーゼ、そしてその上から黄色い紙のようなものが当てられていた。
手のひらと背中は汗でぐっしょり。顔も涙でぐっしょり。
「また明日見せにきてくださいね」
「今日切ったということは、もう乳腺炎にならないですか?」
「いえ、それはわかりません。膿は出しましたがまだ残っている可能性もあるし、飲み残しがあればそこから乳腺炎になる。ただ今詰まっている分はないので右からも母乳はでるようになると思います。明日チェックをし、問題なければ授乳もして構いませんので」
「わかりました…ちなみに麻酔はいつきれますか…?」
「麻酔はすぐに切れます。痛み止めを出すので飲んでいってください。」
麻酔が切れた後の激痛を想像し、身震いする。
「ではまた明日に。今日はシャワーはやめてください。下半身のみならシャワーを浴びてもらって構いませんので」
わたしはフラフラと診察室を後にした。
胸を切ったのにこんなにすぐに自分の足で動くなんて。
すでに右胸はズキンズキンと痛み始めていた。
⇒つづく